何百年もの年月を越えて、私たちの身の回りに存在している文化財。美しい造形や発色、文化財が文化財としてあり続けている裏側には、修理研究者や修理技術者など、豊富な専門知識を持って修理や保存に取り組む「ドクター」のような役割を担う人たちの存在があります。本記事では、東京文化財研究所 文化遺産国際協力センターと株式会社 修護(しゅうご)への取材をもとに、前編・後編にわたって、文化財を未来へつなぐプロフェッショナルたちの舞台裏を紹介します。文化財を守る現場でどのような判断や工夫が行われているのかを、実際に修理研究に携わる専門家の言葉を通してのぞいてみましょう。

後編にご登場いただくのは、株式会社 修護の技術部 森田健介(もりた・けんすけ)さんです。
文化財の修理を行う専門家集団
修護は、文化財の保存修理ならびに保護活動を専門に行っている法人です。国の選定保存技術およびユネスコ無形文化遺産として認定されている「装潢修理技術(そうこうしゅうりぎじゅつ)*1」を軸に、国宝、重要文化財を始めとする多様な文化財に向き合って活動しています。掛軸、屏風、襖絵、和装本、古文書など東洋の伝統的な書画類の保存修理がその柱ですが、紙製の印刷物や書物、青焼き図面、歴史写真など伝統的な技術や視点だけでは対応できない歴史資料類、特殊修理案件にも対応しています。
*1 装潢修理技術は、文化財保護法に基づく「文化財の保存技術」の一つであり、紙や絹を主たる素材とする東アジア地域の絵画、書跡・典籍・古文書、歴史資料(美術工芸品)等の文化財に対する保存修理に用いられる技術・技能である。
森田さん「私たちの仕事は、基本的には作品の傷みを気にされた持ち主の方から相談が持ち込まれて始まります。病院にいる医師のようなイメージで、お話を聞いて状態を確認し、修理の方向性を決めてどのように対処するかを考える。それが文化財に指定された品であれば、行政や教育委員会など関係者と一緒に議論をしながら、まずは私たち技術者が現地調査に伺います」
相談元は美術館や博物館、寺社仏閣など。修理方法の検討、おおよその人工(にんく)や工期、材料などを割り出して見積もりを作成する段階では、まだ文化財に触れることができません。基本的には文化財の内部や裏面も見ることができないため、保存の状況やこれまでの修理の経験から作品の状態を想像して見積もりやレポートを作成します。
森田さん「どんな損傷が起きていてどんな修理が必要かをレポートにまとめたり、レポートに従って修理をするための仕様書を作成したり、と、修理に取り掛かるための準備が続きます。場合によってはプロポーザルや入札などの手続きを経て、ようやく現場がスタートします」

*2 釘やネジは使わず、片方に凸部(ほぞ)、もう一方に凹部(ほぞ穴)を加工して差し込み、木材を接合する木工技法。強度と耐久性に優れている
修護には12名の技術者が所属しており、作品ごとに担当を決めて修理に当たります。森田さんの主な仕事は、みんなの作業の進捗を確認したり、修理の仕方を一緒に考えたりすること。個々が作品と向き合って技術を高め合う職人気質な業界ですが、働き方自体は一般企業と変わりなく、修護も、厚生労働大臣が認定する女性活躍推進優良企業認定「えるぼし」や、2026年度の「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」に認定されるなど、働きやすい環境づくりに取り組んでいます。
森田さん「作業場の広さにも限りがありますから、全体を見た上で修理計画を立てて割り振りをして、効率の良さも意識しています。今は平安時代から近代(明治~昭和初期)の文化財まで幅広くお預かりしています。昭和というと新しい時代の印象がありますが、すでに100年を経過していますので痛みも出始めています。特にこうした近代の文化財は前近代の文化財と比較すると保存修理の知見が少ないこともあり、研究所の専門家と共同で修理を進める機会も増えつつあります。」

作品にとって「いま必要な修理」を見極める
現在、森田さんが担当しているひとつに、江戸時代後期の絵師・鈴木其一(すずき・きいつ)によって描かれた絵馬「迦陵頻伽(かりょうびんが)*1」があります。雅楽の演目である「迦陵頻(かりょうびん)」を舞う様子が描かれた絵で、浅草寺の「絵馬・扁額群(へんがくぐん)*2」として台東区の有形民俗文化財に指定されている作品のひとつです。
*1 迦陵頻伽:極楽浄土に住むとされる空想上の動物で、人頭、鳥体をした霊鳥
*2 扁額(へんがく):建物の門や鳥居などに掲げる一般的には横長の形をした看板


森田さん「こちらの絵馬は、浅草寺様からお預かりし、現在、板から絵を剥がして作業板に移し、水を使って汚れを抜くクリーニング作業を施した状態です。この後は絵をひっくり返して、裏打ちされている和紙を剥がしていくのですが、その作業に耐えられるように『剥落止め(はくらくどめ)』という作業をしています」
剥落止めとは、絵の具が剥がれ落ちないように紙に留める「膠(にかわ)」を充填する作業のこと。日本では奈良時代や飛鳥時代から、墨や日本画の顔料、工芸品の接着剤として使われてきた膠は牛の皮や骨、鹿の角などから作られていて、種類ごとに特性が異なります。

森田さん「接着力が弱くなると、絵の具がパラパラ落ちてしまったり、鱗状に浮いてきてしまったりします。この絵にも、赤や青、緑などさまざまな絵の具が使われていますが、例えば青い絵の具は、少し触るだけでもサラサラと粉状に落ちてしまうので膠を染み込ませて紙に留めますし、緑色は浮き上がっているところに差し込むように膠を入れていきます」
これまでの経験から予想は立てられるものの、絵の具の状況は見ただけでは判断ができません。作業を始める前には、顕微鏡で覗きながら細い筆で水を与えて、絵の具の粒子の動きを確認。膠の濃度や筆の動かし方にも気を配ります。
森田さん「私どもが修理をしている『文化財』というのは、絵が書かれている紙や絵具だけでなく、それを補強するための裏打紙や、掛軸であれば絵の周りの表具の部分など、様々な部材によって構成されています。修理をする際には、必要に応じて過去に付加されたものを除去することがありますが、そうした部材が制作当初から存在するオリジナルのものなのか、後世に付加されたものなのかをしっかりと見極める必要があります。その作品の価値を理解し、何を尊重すべきなのかを十分に協議したうえで修理方針や方法を決定していきます。」

多くのコミュニケーションを経て残されていく文化財
修理をしている絵馬「迦陵頻伽」は、過去にも何度か修理された形跡が残っています。今回の修理で議論の中心になっているのが、赤い衣と無地場*1の間にまたがる大きな補修です。
*1 模様や柄が入っていない、無地の部分を指す和装用語。今回の絵においては人物の周りにある無地の部分を指す
森田さん「おそらく先の修理師が完成時点での状態を想像して、色が落ちた箇所の赤であっただろう部分に赤を塗り、金であっただろうところに黄土色を塗っているんですね。江戸時代に描かれた絵にも赤と金の境目があったとは思うのですが、当時の現物を見ていない以上、私たちに確証は持てません。今の修理の現場では、色が落ちてしまった箇所は無理に色を塗らず、描き足しを避けるのが良いとされていますから、扱いに迷っているところです」

後世で絵に筆を入れてしまうと、その絵は純粋な「江戸時代の作品」ではなくなってしまう。鑑賞者に誤った情報を与えることになりかねない以上、修理方針を検討するときには、「過去に書き起こされたものをどうするのか」という議論が行われます。
森田さん「私たちが書き足さないだけでなく、最近では多くの場合は、過去に書き足された箇所はなるべく取り除いていく方法が取られています。色が失われてしまうのは残念にも感じますが、人間の目は、例え線がなくても脳内で補正をして、つながっているものとして作品を見ることができます。これ以上失われる箇所が増えないよう、今残っている箇所を本物として守りたいという思いが元になっています」
本物を受け継ぐこと、保存性を高めて江戸時代の作品を守ること。理屈としてはそれが良いとされていても、作品は鑑賞されるものでもあることから、単に保存性を優先すればよいというわけではありません。何を優先させて修理作業にあたるかを十分に協議して検討しながら進めるので、修理には多くの時間と費用がかかります。
修理後の姿が「イメージと違った…」とならぬよう、事前に修理の目的と修理後のイメージを共有できるように、修理には綿密なコミュニケーションが求められます。
森田さん「最近は画像編集ソフトを用いて修理完了時のイメージを作り、それをもとにディスカッションをしながら進めていくことが多いです。ただ修理の良し悪しの判断自体は時代ごとに行われていて、今、こうして私たちが良いと決めた修理方法も、200年後には180度変わっているかもしれないというところ。正解がないのが難しさであり、おもしろさでもありますね」
そうした未来を見据え、次の修理者が困らないように情報や現物を残しておくことも、森田さんたちの大切な仕事です。修理が終わるときには、取り外した絵の具や和紙など全てが作品と一緒に浅草寺に返されます。

修理に携わる「職人」として次の未来を描き進む
森田さんが文化財の修理という仕事に興味を持ったのは18歳の頃。幼い頃から歴史が好きだった森田さんは、社会科の教師や博物館の学芸員を夢見ていました。
森田さん「京都の大学に進学をして、学芸員の資格が取れる授業を受けていました。そこに博物館実習の先生としていらしたのが、江戸時代中期に創業した文化財修理を行う会社の方だったんですね。文化財を守るためには保存や展示しかないと思っていた私は、そこで初めて修理という手段を知りました」

森田さん「1年弱で人員に空きが出て、採用試験を受けてこの業界に入りました。当時感じた修理という仕事の尊さは今も全く変わりませんが、年を重ねるにつれて、この気持ちを次の世代に伝えていく必要も感じています。途絶えさせる訳にはいかない仕事です」
森田さんが入社した当時、現場には職人気質な先輩も多く、黙々と修理に励むことが一般的でした。しかし今は「自分たちが何を目的に、どういう気持ちで修理しているか」を、持ち主をはじめ、鑑賞者や社会に分かってもらう必要が出始めています。
森田さん「私たちが目指すのは、見た目はなるべく今の状態のまま、100年後も変わらずに作品が残り続けるような保存性を高める修理です。時間をかけて、お金をかけてでも作業をする必要があること。好きなように直すのではなく、きちんと時代へのリスペクトを持って作業に当たること。私たちの仕事がどういうものなのか、言葉で伝達できることも、これからの修理者に求められるスキルのひとつだと思います」

これから先、多様な文化が花開いた江戸や明治、大正や昭和など近現代の重要文化財も修理をする時代がやってきます。紙そのものの材質が変わったり絵の具の種類が増えたり、修理にあたっても、天然の素材だけではない接着剤や保存のための工夫も登場します。
森田さん「東京文化財研究所内の修理室で行う修理のなかには研究者の方々と共同で進める事業もあり、各分野の専門家と連携しながら取り組めることは大きな魅力です。
私自身も、時代とともに変わっていく作品に対応できる力をつけたいと思いますし、まだ誰も修理したことがないような作品に直面したとき、手を挙げられる技術者になりたいと思っています」
前編・後編にわたって紹介をしてきた「文化財ドクター」たちの舞台裏。国境を越えた多くの人が言葉を交わし、知恵を絞り、熱い想いを持って取り組む文化財の保存。江戸時代に生まれた新しい技術や素材と向き合う皆さんの様子をお届けしました。次に文化財を目にするときには、その背後にあった手を加えない選択や残すための工夫に、少しだけ思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
取材先情報
| 施設名 | 東京文化財研究所 |
|---|---|
| 所在地 | 110-8713 東京都台東区上野公園13-43 |
| 関連サイト | 株式会社 修護 |
