コラム

文化財はなぜ残す?未来へつなぐまちの記憶とは・前編

2026.06.15

目次

文化財はなぜ残す?未来へつなぐまちの記憶とは・前編

左から、東京都 教育庁 地域教育支援部、文化財の保存修理工事を担う清水建設株式会社、設計監理や調査を行う公益財団法人 文化財建造物保存技術協会の各担当者

寺社仏閣や武家屋敷、橋、庭園や仏像、古文書。東京のまちに点在する文化財は、単なる「古いもの」ではありません。そこには、土地の歴史や人々の暮らし、時代ごとの価値観が折り重なり、今を生きる私たちに“まちの記憶”を伝えています。

変化と更新を繰り返す都市のなかで、私たちはなぜ文化財を守り、残し、後世へとつなぎ続けるのでしょうか。

本記事は2部構成。前編となる今回は、江戸から続く文化財を手がかりに、文化財が過去・現在・未来をどうつないでいるのかを紐解きます。東京都 教育庁 地域教育支援部の皆さんへの取材を通じて、「残す」ことの意味と、私たち一人ひとりにできる関わり方を考えてみましょう。

改めて考える、身の回りにある「文化財」とは何なのか


私たちの身の回りにある文化財は、国が定める文化財保護法に基づいて、主に6つのカテゴリーに分類されています。建造物や美術工芸品などの「有形文化財」、演劇や音楽、工芸技術など特定の形を持たない「無形文化財」、衣食住の習俗や祭などの「民俗文化財」と史跡や天然記念物などが含まれる「記念物」、ほかに「文化的景観」「伝統的建造物群」があります。

文化財の種類に関しての詳細は、こちらからご覧ください。

全国に数多くある文化財の中で「特に優れている」とされるものは、国や自治体が「指定文化財」として指定し、補助金を出したり技術的指導をしたりして保存・活用に対する積極的な支援が行われます。

都内には国指定の「記念物」の代表格、特別史跡「江戸城跡」(画像:桜田巽櫓)。動物では特別天然記念物「アホウドリ」なども指定されていて、幅広く文化財が守られていることがわかる

現在の東京都心部は、江戸時代から政治と文化の中心地として栄えたことから、東京都は全国でも有数の文化財を有する自治体です。近年は、文化財を目的に訪れる訪日観光客も増え、観光資源としての注目も高まります。例えば浅草にある「浅草寺」は、建物そのものだけでなく、門前町として栄えてきた街の活気や人々の営みまで含めて体感できる場所。時代が移り変わっても、訪れるだけでその土地の歴史や文化に触れられる。それもまた、文化財として街に残された建造物が持つ大きな魅力です。

観光客で賑わう浅草のまち。訪日観光客のほか、修学旅行などで訪れる学生も多い

加えて多くの文化財は、国籍や年齢を問わず誰でもアクセスでき、見て、聞いて、体験できるのが特徴です。ひとりで訪れても、家族や友人と訪れても、その場に居合わせた人同士で感動や気づきを共有できる。文化財は、人と人、そして時代をつなぐ媒体でもあるのです。

日本橋
今も多くの人が行き交う国指定重要文化財の日本橋。東京都教育委員会が提供している「東京都文化財デジタルマップ」などを活用することで、まちの散策や他の観光と合わせて楽しむこともできる

先にあげた浅草寺や江戸城跡など有名な文化財、マップに登場する文化財はもちろんですが、さらにもう一歩踏み込むことで、体験はより深くリアルなものになります。

例えば浅草寺の近くを流れる墨田川のほとりには、歴史ある橋や、かつて漁をして魚の殺生が行われていたことを戒める碑が残っています。今はもう見ることができない景色ですが、そうした文化財を通じて当時の暮らしを身近に感じることで、地域の新しい一面が見えてくるかもしれません。

隅田川にかかる駒形橋の傍らに建つ駒形堂。江戸時代には、前の船着き場から上陸した人々がご本尊を拝んでから浅草寺へ参拝した
駒形堂の境内には、魚類の殺生を禁じた東京都指定有形文化財(古文書)浅草観音戒殺碑(1693年建立)が残る

文化財を「残す」ことでつながる景色や人の想いを知る

歴史や文化を今に伝えてくれる文化財ですが、大量生産・大量消費が良いとされる世の中では、取り残されて廃れ、なくなっていくものも多くあります。お話を伺った東京都 教育庁 地域教育支援部では、文化財の指定、保存・修理のための調査や調整などを行っています。年間で手がける事業は120件ほど。関係者とのコミュニケーションなど時間も労力もかかる中、大切にしているのは「本物を伝えること」だといいます。

国指定重要文化財である増上寺三解脱門の修理現場で確認作業。未来に伝えるべき本物を選び、直し、継承する。次世代に「なぜこの文化財を守ってきたのか」を伝えるのも大切な仕事だ

「後世の職人が修理をするときには修理箇所が分かるように、でも、鑑賞される皆さんには修復跡が分からないように。その塩梅が私たちの腕の見せ所です。文化財そのものの価値や、『なにを訴えたい文化財なのか』が前面に出てくるように、修理の仕方も素材の選び方も、専門家が集まって慎重に検討を重ねています」(担当者)

では「文化財が訴えたいこと」とは何でしょう。例えば目黒区の大圓寺にある、東京都指定有形文化財「五百羅漢石仏群(ごひゃくらかんせきぶつぐん)」は、江戸時代にあった大火事「明和九年の大火(行人坂火事)」の供養のための石仏です。火事で亡くなった方の家族が石像を作ってお寺に奉納したものとされ、子どもを抱いた石像や十字架を持った石像など、悲しみや苦しみ、平和への祈りを肌で感じられる貴重な場所です。石像としての価値以上に、これらが現地に残されて歴史を伝えていることに意味がある。文化財の保存には、こうした歴史的な背景や価値観を踏まえた議論が欠かせません。

明和九年の大火(行人坂火事)の犠牲者を供養するために造られた大圓寺の五百羅漢石仏群。悲しみや祈りの記憶を今に伝えている

検討をするのは建物や美術品についてばかりではありません。例えば松の木の剪定技法「江戸透かし」は、細かいハサミ使いで枝の密度を調整して光と風の通りを良くし、太い枝を大胆に取り除いて樹木の健康を守る、実用性と美しさを兼ね備えた江戸時代からの技法です。当時の趣を残す「六義園」や「小石川後楽園」、「旧浜離宮庭園」、「旧芝離宮庭園」に残された松の庭では、今も法被を着た庭師たちが毎日手入れをし、技術と景観を守り継ぎます。

浜離宮恩賜庭園
旧浜離宮庭園の松の木。「現地で法被を着た庭師たちを見かけたら、声をかけてみてください。喜んで説明してくれると思います」と担当者

東京のまちに残る「江戸の記憶」から学ぶ暮らしの文化

文化財を通じて各所に残る江戸の記憶。それは建物や美術品であり、暮らしの風景であり、風景をつくる技術でもあると紹介をしてきました。日本の中心地として、江戸城をはじめとした幕府に関連した施設が建ち並び、諸大名が嗜好を凝らした屋敷を構え、立派な庭園が整備されていた江戸のまち。歌舞伎のきらびやかな世界観や落語などの娯楽は江戸文化の象徴であり、庶民の憧れでもありました。

芝居小屋中村座の内外を描いた「中村座内外の図」には、江戸の人々が歌舞伎を楽しむ様子が細やかに表現されている
出典:国立国会図書館デジタルコレクション

華やかな文化が栄えた一方で、庶民の間では暮らしの文化が醸成され、根付いていったのも江戸の特徴です。江戸時代の庶民の生活に目を向けてみると、資源や現金に乏しい中で、物を徹底的に使い尽くさなければならなかった暮らしが浮かび上がります。現代では「エコ」と評価されがちなリサイクルやリユースも、当時は貧しさと背中合わせで生まれた生活の知恵の一部でした。

灰買い・古傘買いといった行商人の姿を描いた「守貞漫稿」の図。江戸の町では、灰や壊れた傘なども資源として回収・再利用されていたことがうかがえる
出典:国立国会図書館デジタルコレクション

国の史跡に指定される「玉川上水」や、東京都指定有形文化財「上水記」などに記された江戸の水道インフラも特徴的です。100万人都市として多くの人が生活していた江戸では、神田川や多摩川から引き込んだ「上水」と呼ばれる水路から、木や石で作られた「木樋(もくひ)」「石樋(いしどい)」を通して、各エリアの井戸へ安全な飲料水を供給していました。

「上水記」第2巻(1791年)に描かれた玉川上水の取水地点「羽村堰」。多摩川に設けられた取水施設や護岸構造、周辺の地名や施設が詳細に記され、当時の様子や土木技術を伝える貴重な記録。 出典:国立公文書館所蔵

「文化財は土地の歴史と文化の集積であり、それを後世の人たちが読み解き、学び、背景にある想いや願いを背負って残されているのだと思います。受け継がれてきたものを『今は必要ないから捨てましょう』とはできませんし、目に見えないものも含め、世界に誇れる資産として次世代に手渡していければ良いのではないかと思います」(担当者)

東京都指定無形文化財(工芸技術)に指定される「軍道紙(ぐんどうがみ)」。東京都あきる野市の旧乙津村字軍道を始めとする地域に伝わる丈夫な手漉き和紙で、庶民の生活紙として障子紙や和傘などに使われた。 画像提供:あきる野市教育委員会

まちの記憶を未来へ、わたしたちにできることを考える

多くの人の想いや、まちの景色、記憶を今につなぐ「文化財」。長い歴史を経てきたものだからこそ、文化財と聞くと、少し難しいイメージを持ったり「勉強が必要だ」と身構えてしまったりすることもあるかもしれません。一個人として文化財に関わろうと思ったとき、どのようなことができるのか。
取材の最後に、担当者に訊ねました。

「知識があってもなくても、まずは現地で実物を見て、『へ~』と思うだけでもいいんです。たくさんの方に気軽に文化財を楽しんでいただくことも、文化財に携わるプロフェッショナル達の本望だと思います。『へ~』の先に一歩踏み込んで、『すごいな』『なるほどな』と文化財から、今の暮らしや未来をより良く豊かにしていく先人たちの知恵を見つけたら、次はそれを周りの方にも共有してみてください。」(担当者)

文化財を通じて新しい情報に触れ、知らなかった物事との出会いを楽しむ。出会いを通じて、新しい発見があれば、これまでの自分の認識を変えるきっかけになるかもしれません。実際に足を運べる文化財であれば、その場で出会う管理者や案内人、ガイドや職人など、実際に会話を楽しめる「人」との出会いもあるかもしれません。気づきと発見、出会いを通じて個々人が感情を動かすことで、私たちの身のまわりにある文化は未来へ受け継がれていきます。

「東京都だけに限った話ではなく、世界中にある文化財に触れたときも同じだと思います。文化財というものが楽しい体験として広がっていけば、身近な人にその感動を伝えたくなって、自然と『大切だ』という意識が生まれていく。そうやって本当の意味での文化の多様性や、相互理解が進んでいけばと願っています」(担当者)

【「文化財」を知るためのネクストアクション】

  • デジタルマップを活用してまちを歩いてみる
  • 「まち歩きツアー」などの企画、公開修理や展示に行ってみる
  • 身の回りにある文化財などを改めて探す/調べる
  • 文化財施設のルールを守る、定められている理由を考える

後編では、東京都 教育庁 地域教育支援部の皆さんが関わる大プロジェクト、増上寺の三解脱門(さんげだつもん)の修理現場に伺います。2032年まで続く大修理の舞台裏を、どうぞお楽しみに。

この記事で紹介した文化財

この記事をシェアする

  • x
  • line

コラム一覧 江戸
かわらばん

一覧を見る
“EDO” Wonder Trip
えどわんだーとりっぷ