文化財を未来へ繋いでいくためには、保存や修復に加え「どう活かして、どう伝えるか」という視点が欠かせません。今回の記事では、文化財の観光活用と観光振興の現場を担う皆さんに、座談会形式でお話を伺います。文化財をまちの魅力として発信していく工夫や課題、地域との関わり方、これからに向けての期待。令和7年度から一般財団法人東京観光財団が実施する「観光まちづくりにおける江戸の文化財等の活用促進事業」に取り組む、一般社団法人中央区観光協会 観光ゼネラルプロデューサーの佐藤英也(さとう・ひでや)さん、公益社団法人八王子観光コンベンション協会 事務局長の設樂恵(したら・めぐみ)さん、一般社団法人港区観光協会 事務局長の茂木春良(もぎ・はるよし)さんにお集まりいただきました。
座談会参加者プロフィール
佐藤 英也
1990年株式会社JTBに入社。退職前の約10年間、地域交流ビジネスや着地型コンテンツ開発事業を担い首都圏の観光関連事業者との連携を強める。2021年より一般社団法人中央区観光協会に転職し、観光ゼネラルプロデューサーとして中央区の観光振興事業に携わる。
茂木 春良
1991年株式会社JTBに入社。入社から約20年間を港区内の支店・店舗で営業に従事。その後店舗統括、本社での個人営業全般担務を経て、2023年から一般社団法人港区観光協会に出向(着任)し、事務局長として港区の観光事業に携わる。
設樂 恵
八王子生まれ、八王子育ちで、八王子市役所へ入庁し、福祉、教育、子ども施策など、行政全般に携わる。2025年4月より八王子市からの派遣で、(公社)八王子観光コンベンション協会事務局長として従事する。
本記事で紹介している取り組みは、掲載時点の情報です。最新の情報は公式サイトをご確認ください。
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これまでの取り組みにおける「文化財」の活用とは
佐藤さん:
私が所属する中央区観光協会では、文化財の活用として「わくわくツアー」という企画を行なっています。年間30本ほどの企画があり、2つのボランティア団体がガイドを担います。一つは「中央区観光検定」に合格し、観光協会主催の育成講習を受講した「中央区おもてなしスタッフ」。もう一つは中央区区民カレッジの「生涯学習サポーター養成コース」を修了した皆さんで、「中央区文化財サポーター協会」という団体が構成されていますね。一般向けのツアーのほか、企業様からのご依頼でオーダーメイドのまち歩きも実施するなど、1959年の設立以来ずっと継続している取り組みです。

文化財とひとくちに言っても、「築地本願寺」や「鐵砲洲稲荷神社(てっぽうずいなりじんじゃ)」などのように行けば何かしらの体験ができる場所ばかりではなく、案内板や記念碑など、文字情報しか現地に残っていない文化財も多くあります。そういった場所を案内する際には例えば、中央区の郷土資料館と協力をしながら、イラストや写真を用いた資料を用意したり、若いガイドの方であればタブレット端末に投影する等、参加者の方がイメージを膨らませやすい工夫をしています。ガイドの方には、ツアーを通じて参加者が文化財を受動的に「見る」だけではなくて能動的な「体験」に繋がる案内をしていただけたらと期待しています。

茂木さん:
港区でも「港区観光ボランティアガイド」というガイドを養成していて、今期で11期目になります。一般の方向けに歴史に絡めたツアーを行ったり、オーダーメイドツアーを組んだりしているのは佐藤さん達と一緒ですね。加えてこの数年は、港区の特色を活かした「水路」や「運河」をめぐる船のツアーも企画するようになりました。

コロナ禍が落ち着いてからは、英語ツアーも再開しました。海外からの訪問者に向けて発行している公式ガイドブックのツアーガイドページに「フリー(無料)」の文字を入れたり、声をかけて口頭で説明をしたり、ツアーを気軽に活用してもらえるようPRをしています。

ガイドツアーなどを積極的に行っている一方、港区の文化財活用では、とりわけ「文化財」を強く意識しているわけではない、という言い方もできるかもしれません。「増上寺」や「泉岳寺」など人気の寺社仏閣、観光スポットとして知られる「お台場」もそれ自体が文化財ですから、「結果として活用されている」というのが正しいようにも思います。
設樂さん:
八王子市は、2020年に都内で初めて「日本遺産」に認定されたことによって、それまで点在していた文化財が「桑都(そうと)物語」という1つのストーリーに束ねられました。今は、文化財を守る・保護するという視点から、「文化財を活用して地域振興や観光振興をしていこう」と意識が変わり、機運の高まりを感じます。

*イミ消費:商品やサービスの価格、機能だけでなく、背景にあるストーリー、環境や社会への貢献度などの意味や価値観を重視する消費行動のこと
東京には「江戸」という強い文化的なストーリーがあり、八王子市は、江戸の養蚕や織物文化を支えた要所です。甲州街道最大の宿場町や花街もあり、今も江戸文化を体感できる東京の西の玄関口だと自負しています。文化財を観光資源として磨き上げ、守りながら未来へ継承する。行政と民間が連携して仕組みづくりに取り組んでいるところが特徴かもしれません。

令和7年度には「八王子花街日本酒めぐり」という飲食店をめぐるツアーや、全国から路地を活用したまちづくりに関心を持つ人が集まって交流を行う「第20回全国路地サミット2025」の開催などソフト事業が本格化し、景観と文化と観光を掛け合わせた魅力発信が進んでいます。また八王子市の教育委員会では、子どもたちの郷土愛醸成のため、八王子市が江戸時代にどのような役割を果たしていたのか等を授業で伝える学習機会の拡充にも取り組んでいます。
文化財活用の課題と、地域の誇りや価値を育む工夫
茂木さん:
文化財の保護と活用を進める一方で、懸念点として「街の開発が止まってしまうのではないか」といった声があるのも事実です。これは都市開発が進む港区特有の課題かもしれませんが、地域内でも認識が違うというのは大きなハードルですね。伝統的な祭りに対して「お囃子や太鼓がうるさい」「煙が気になる」などの苦情が寄せられることもありますから、観光以前に地域の方に文化を知ってもらい、良さを再発見してもらうことに取り組んでいきたい思いもあります。企業が多いので、観光協会としても、住人と在勤者、観光客のそれぞれのバランスを考えていかないといけないかなと思いますね。
設樂さん:
江戸時代は約260年も平和な時代が続いたからこそ、町民の文化が発展し、今もそのまま残っているのだと思います。今を生きる我々も「守り継ぐ」という使命感を持ち、意識の醸成をしていきたいですよね。未来の子どもたちに残していくためには維持管理費など経済的な循環も欠かせません。今は試行錯誤しながら、バランスを見極めているというのが実態ではないでしょうか。

佐藤さん:
中央区では江戸三大祭りのひとつ「山王祭(さんのうまつり)」や、千代田区では神田明神の「神田祭」など大きい祭りが東京にはいくつかありますが、これらは「連合町会」と言う各町会と企業で構成される連合会によって行われています。「各企業から神輿の担ぎ手を出す」というのが伝統として残っていて、人手不足の心配もありません。各地区では「盆踊り」も多く残っていて、やはり地域の方が非常に熱意を持って文化財活用に取り組んでいるのが印象的ですね。
大河ドラマ「べらぼう」で蔦屋重三郎が題材になった時には、日本橋地域でさまざまな展示が行われましたが、これらもほとんどが民間主導。特に蔦屋重三郎の店「耕書堂」は、跡地近くの老舗呉服屋さんがスペースを解放して再現をしてくれて、大河ドラマ終了後も継続して多くの方に親しまれています。中央区観光協会としては、まち歩きツアーに組み込んだり、特集ページを作ったりして情報を一元化し、わかりやすく伝える工夫をしています。
茂木さん:
港区で今一番バランスが取れていると感じるのは、現在開発中の「TAKANAWA GATEWAY CITY」エリアですかね。高輪築堤(たかなわちくてい)の歴史を後世に伝えながら、2025年3月に「まちびらき」をし、2026年3月に全面開業を予定しています。「開発が止まってしまう」という懸念から「文化財は見るな、触れるな」としてしまうのではなく、いろんな人たちが積極的に関わり、どう活用できるか考える重要性を感じます。
現場で感じる事業への期待と、目指す姿
設樂さん:
今回の事業では、八王子の中心市街地について、江戸時代から受け継がれる指定文化財をどう活用するか、来訪者にどのように歴史・文化体験を促進していくかという視点を大切にしています。中心市街地とはいえ、観光誘客は不足しており、歩行者量が低迷しています。地域の魅力向上と地域外から八王子市に関わる人を「交流人口」として増加させ、課題を解決しながら、持続的な活性化を目指したいと思います。

具体的には、「八王子車人形」や「説経浄瑠璃」の体験プログラムや、「八王子まつり」とツアーガイドを絡めたまち歩き企画、ほかに「八王子江戸情緒まち歩きマップ」の制作やそれと連動した観光DXアプリの開発を進めています。
茂木さん:
やはり「自分たちで守っていく」という意識が肝かなと思いますね。今回の事業を通じて、地域の価値ある文化財を知り、それを街の誇りとして承継していくにはどうしたらいいかを考える。そうしていくうちに保全と活用のバランスが見えてくるのではないかと期待しています。文化財を核に地域が活性化するということを住民もしっかり理解して、みんなで発信し、地域経済を回すきっかけにしていきたいです。
佐藤さん:
今、中央区の人口増加率は全国トップクラスを誇ります。ステータスを求めて移住をする方もいれば、都外、国外から来られる方もたくさんいるなかで、いかに地域愛を醸成できるか。「文化財」という観点でも、どこまで区民に認知してもらい、大切にしてもらうかという課題があります。
今回の事業では、来訪者だけではなく、地域住民に対しても文化財の魅力を発信できる意味合いが大きいですね。テキストやガイドブックには載っていないような情報、地域で語り継がれてきた民話や逸話の掘り起こしに取り組みたいと考え、新しいまち歩きのコースも作成しました。より多くの方を巻き込むきっかけとして、取組の輪が広がっていけばと思います。

茂木さん:
各地域の取り組みを連携させて、都内の回遊性を高めるような仕掛けもできれば面白いですね。一過性で終わらない観光事業を作ろうと思うと、港区観光協会だけで閉じてしまうのではなく、関連する文化財を紹介し合うようなことも必要なのかなと。あとは文化の承継について、伝え方も考え続けていきたいところです。例えば時代背景を考えた時に、港区の泉岳寺にまつわる「忠臣蔵」のストーリーをどう伝えるか。復讐とか仇討ちといった言葉はあまり受け入れられないかもしれませんが、無理に削ぎ落としてしまうと、当時の思いが歪曲して伝わってしまう。未来へ繋いでいく一環で、そうしたストーリー構成の工夫も都内各地域と共有していきたいです。

データ活用で変わる「文化財×観光」の可能性を見据え、挑戦を続ける
現場ごとの取り組みや課題、事業への期待など、それぞれに共感と発見を繰り返し展開した今回の対談。最後にこれからの観光について皆さんに伺うと、データの分析や活用の重要性が見えてきました。
企画や事業を通じた文化財の活用が、来訪者や市民の行動をどのように変え、街に影響を与えるか。
ビッグデータなどを活用してリアルタイムな情報収集ができる今、現場では、そのデータを元に次の対策や改善を行っていくことが求められます。具体的には、大規模な企画や祭りでは、混雑状況や渋滞状況をタイムリーに把握して警備に役立てたり、オーバーツーリズムを未然に防いだり、時には人流データから読み取った旅程に合わせて「荷物預かり」や「観光案内」などのサービス提供をすることもできます。
文化財を「守る」だけでなく、活かし、伝承していく。本事業を通じて、地域ごとの実践が共有され、都内全体の回遊性や文化理解の深化につながることが期待されます。

本座談会の会場は、北千住の路地裏に佇む「路地裏寺子屋 rojicoya(ろじこや)」。築90年の古民家を改築した空間では、和文化体験、華道・書道教室や落語会などが開かれ、日本文化に気軽に触れられる場づくりが行われています。
会場情報
| 施設名 | 路地裏寺子屋 rojicoya(ろじこや) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都足立区千住旭町36-1 |
| 関連サイト |



