事例紹介

見るだけではない文化財——たてものが伝える“暮らし”の記憶|江戸東京たてもの園(小金井市)

2026.04.13

目次

見るだけではない文化財——たてものが伝える“暮らし”の記憶|江戸東京たてもの園(小金井市)

東京の歴史を振り返ると、火災や水災、震災、戦災などにより、多くの貴重な歴史的建造物がなくなっていることがわかります。小金井市にある「江戸東京たてもの園」は、東京都内で、現地保存が難しい歴史的建造物を移築して、復元・保存・展示することで建物が建てられた当初の人の暮らしや街の文化を体験的に学べる野外博物館。およそ7ヘクタールの敷地には、江戸から昭和中期までの建物30棟が移築され、観光と教育の両面で人気を集めています。今回は江戸時代から続く生活文化と建物の継承の工夫について伺いました。

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江戸東京たてもの園とは。建物が伝える歴史・文化

江戸時代の暮らしを伝える農家や、著名な人物の住居、別邸、昭和時代に生まれた日本独自の建築様式である「看板建築」など、後世に残していきたい建物の数々。本来は、居住や店舗として役割を担ってきた環境をそのまま保存できるのがベストですが、住まい手の建て替えニーズや都市開発など、さまざまな理由で現地保存が難しい場合があります。そうした建物を保存し後世に伝えていくため、1993年3月に開園したのが「江戸東京たてもの園」。「江戸東京博物館」の分館です。

吉野家(農家)式台付きの玄関|江戸東京たてもの園
広大な敷地を有する小金井公園内に作られたたてもの園。設立時には大規模な調査が行われ、博物館として残すにふさわしい建物が選定された – 吉野家(農家)

移築をする際には家主や建物の歴史を知る人物にヒアリングをし、どのような暮らし、商売が営まれていたのかを確認。できる限りその建物の特徴を一番良く表す年代を設定し、再現する形で展示が作られています。

園内マップ|江戸東京たてもの園

園内は東京都の地理を意識した設計になっており、「西ゾーン」は実際に多摩地域にあった江戸時代の農家や山の手の郊外住宅などが並びます。明治、大正の建築も、庭の造形を含めて優雅な雰囲気が再現されており、居住区として散策が楽しめます。ビジターセンターがある「センターゾーン」は、「高橋是清邸」や後続の段落で紹介する「旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)」など歴史を伝える建物が点在。続く「東ゾーン」は下町のイメージで商家や銭湯、居酒屋などが揃っています。

吉野家(農家)|江戸東京たてもの園
時代ごとの生活がわかるような展示がされた屋内。江戸時代の民家は、基本的に中に入って見学ができる – 吉野家(農家)

江戸時代までの農家は、建物内に物が少ないことが特徴のひとつです。個人で所有するものは最低限しかなく、目的を持って作られた部屋や空間はほとんどありません。6畳、8畳などの和室が並ぶ間取りは、障子と襖を取り外せば広い一つの部屋に。当時は冠婚葬祭が各家で行われていたこともあり、4、50人集まれる余裕があるのも、この時期の日本家屋の特徴です。

園内で見られる江戸時代の建物をピックアップ

旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや) 【東京都指定有形文化財】

建築は1652年(慶安5年)。元は新宿区に建てられていて、所有者の意向によって移築されてきました。尾張藩主・徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立(こんりゅう)した霊屋で、東京都の指定文化財。黒や赤の漆塗りは、専門の職人によって十数年に一度塗り直され、美しさが保たれています。釘を外し、金具を取っての修復。昔から今に続く日本古来の技術で修復が行われる貴重な場所です。

毎週日曜日に風通しのために扉を開けているそうです(天候等、条件によっては閉まっていることもあります)。扉が開いている日に遭遇できたら、是非、中の豪華な様子もご覧ください。

旧自証院霊屋|東京都指定有形文化財|江戸東京たてもの園

八王子千人同心組頭の家(はちおうじせんにんどうしんくみがしらのいえ)

何棟かある江戸時代後期の民家の一つで、八王子に配備された徳川家の土地拝領屋敷地(幕府が大名、旗本、御家人に無償で与えた屋敷の土地)に建てられた組頭の家。周辺の農家に比べて広さはありませんが、一般的な民家では見られない式台(しきだい)*付きの玄関など、格式の高さを示す建築が魅力です。2026年1月には茅葺き屋根の修繕が行われ、丈夫に葺き上がったばかりの屋根も見られます。

八王子千人同心組頭の家|江戸東京たてもの園
*式台:武家屋敷等で見られる玄関の土間と上がり框の間にある板敷のこと
八王子千人同心組頭の家茅葺き屋根の修繕|江戸東京たてもの園

天明家(てんみょうけ)/農家 【小金井市指定有形文化財】

江戸時代後期に、鵜(う)ノ木村(現在の大田区)に建てられた重職を勤めた旧家です。正面に千鳥破風(ちどりはふ)*をもつ主屋、長屋門、枯山水庭園などを有し、高い格式がうかがえます。

*千鳥破風(ちどりはふ):日本の伝統的な建築で、屋根の一部にある三角形の切妻造の装飾を指す。換気や採光といった目的もある。

天明家(農家)|小金井市指定有形文化財|江戸東京たてもの園

下町中通り(したまちなかどおり)

明治から昭和にかけての建物が多い東ゾーンですが、台東区下谷の言問通りにあった居酒屋「鍵屋」は江戸時代後期に、青梅市西分町の青梅街道沿いにあった旅館「万徳旅館」は江戸時代後期〜明治時代初期に建てられたとされています。軒が大きく前に張り出す「出桁造り」など、日本の伝統的な町屋建築を見ることができます。

下町中通りの鍵屋|江戸東京たてもの園
1856年に建てられ、震災や戦災をまぬがれてきたとされる「鍵屋」
下町中通りの万徳旅館|江戸東京たてもの園
江戸時代後期〜明治時代初期の創建当初に近い姿に復元されている「万徳旅館」
下町中通り万徳旅館の内観|江戸東京たてもの園
「万徳旅館」の屋内は、旅館として営業していた昭和25年頃の様子が再現されている

文化財を復元、保存し展示をするということ

本物の素材を用いて建てられた当時の状態を復元し、その後も続く維持管理。例えば迫力ある茅葺き屋根は、日光や雨風など気象の影響のほか、カラスなどの鳥が茅を抜き取り、持っていってしまうそう。2、30年に一度修繕をする必要がありますが、昔は農家がたくさんあり、村内で協力しあって作業が行われていました。地域で茅を育て、一年に1軒(20軒の村であれば、20年で葺き替えが完了する)を直すサイクルも、今は葺き替えの技術を持った職人がいる業者に頼むしかありません。材料や職人の不足、それに伴って高騰する費用も課題です。

八王子千人同心組頭の家茅葺き屋根の修繕|江戸東京たてもの園
最も痛みやすい天井の部分は、葺き替えをしないと雨水が入り込み、屋根全体が腐ってしまう – 八王子千人同心組頭の家

茅葺の茅や床板などの材は、劣化をすれば新しいものに交換をしなければなりませんが、交換した古い材料を捨てるか否かという判断は、その都度議論をして決められます。使うことが難しくなった資材でも、保存さえしておけば研究をすることができ、木の成分を調べて当時の生態系や物流の仕組みを知るなど、活用も考えられます。

また、古い建物を維持していくには、現在の住宅基準法など法規定との兼ね合いも大切です。指定文化財に登録するためには、耐震補強の仕方なども検討する必要があり、なるべく来場者の目に触れない形で補強が行われます。怖いのは地震と火災。たてもの園内の建造物はほとんどが木造建築なので、火の取り扱いがシビアな問題です。

天明家(農家)|江戸東京たてもの園
来場者の目に触れない形で、押入れの中に鉄骨を立てたり、障子の裏に筋交を入れたりと、多くの工夫がされている – 天明家(農家)

文化財を“まちづくり”に活かす工夫

情景再現・教育普及事業

建物の造りや生活様式を見てもらう一環として、夏の夕涼みや秋の紅葉など、季節に合わせて夜間開園を実施しています。また、毎月演目を変えて行う伝統工芸の実演では、東京に残る友禅、彫金などの職人を招いた企画が行われるなど、建物を活用した催しを積極的に行なっています。

デジタル技術との融合・コンテンツ提供

たてもの園ナビで見る旧自証院霊屋|江戸東京たてもの園

東京都が推進する「TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト」の一環として、鑑賞支援Webアプリケーション「江戸東京たてもの園鑑賞ナビ(通称:たてもの園ナビ)」や、デジタルアーカイブプロジェクト「デジ×たて図鑑」などをリリース。現在たてもの園ナビは、インバウンド対応に向け、英語に加え中国語、韓国語など4カ国語に対応する仕組みを構築中です。

小学校の社会科見学では、事前学習や事後学習、見学時のワークシートとしてデータの活用を行なっています。現地を歩き、じっくり見て考え、感じてもよいですし、鑑賞ポイントのヒントが欲しいときはワークシートの活用もできます。

データをどのように活用し、教育普及等に繋げていくか、今後も江戸東京たてもの園は進化を遂げていく予定です。

見るだけではない、体験から学ぶ文化財へ

開園から30年が経つ江戸東京たてもの園ですが、一般の住宅や商店をどのように文化財として活用していくのかはこれからの研究次第でもあります。こうした建物を、補修して残すこと自体、国内での事例は多くありません。

アニメやドラマなどで活用された場所の巡礼や、「おもしろさ」や「懐かしさ」から興味関心を持って足を運んでもらうこと、一度失ってしまえばもう二度と取り戻すことはできない歴史的に重要な建築物を守ること。さまざまな調和を大切にしながら、暮らしの記憶を紡ぎ続けています。

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